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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)7587号 判決 1994年10月14日

甲事件原告、乙、丙事件被告(以下「原告」という。)

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

木村達也

尾川雅清

田中厚

小松陽一郎

甲事件被告、乙、丙事件原告(以下「被告」という。)

株式会社住友クレジットサービス

右代表者代表取締役

鈴木雍

右訴訟代理人弁護士

川合五郎

川合孝郎

住井雅義

主文

一  原告は、被告に対し、金一五〇万八八三三円及び内金一四三万一九一一円に対する平成二年八月二六日から支払済みまで日歩八銭の割合による金員を支払え。

二  原告は、被告に対し、金一八万二三五三円及び内金一八万〇三四七円に対する平成二年八月一一日から支払済みまで日歩八銭の割合による金員を支払え。

三  原告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

五  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  原告

原告と被告との間において、住友VISAカード利用に伴う別紙クレジットカード利用一覧表記載の各債務が存在しないことを確認する。

二  被告

主文第一、二項と同旨

第二  事案の概要

本件は、他人にクレジットカードを貸与して不正に使用された原告が、カード会社である被告との間において、右の不正使用にかかる別紙クレジットカード利用一覧表記載の各債務(以下「本件各債務」という。)の不存在確認を求め(甲事件)、他方、被告は、原告に対し、右のカード使用による債務は原告が負うべきであるとして、各加盟店から譲り受けた代金債権の支払を求め(乙事件)、かつ、原告の右カードの決済口座のあった株式会社住友銀行(以下「住友銀行」という。)からの借入分について、被告が原告との信用保証委託契約に基づき住友銀行に代位弁済したことによる求償金の支払を求めた(丙事件)事案である。

一  争いのない事実等

1  (当事者)

原告は、平成二年三月当時、二一歳で不動産会社に勤務していた。

被告は、クレジットカードに関する業務、金銭の貸付及び信用保証等を業とする会社である。(争いがない。)

2  (クレジットカード契約)

原告は、平成元年八月三一日、被告及び株式会社阪急東宝クレジットサービス(以下「阪急東宝」という。)との間において、「VISAカード会員規約」、「VISAカード会員保障制度規約」、「ペルソナVISAカード会員特約」「ペルソナカード会員規約」及び「ペルソナカード会員保障制度規約」(以下「本件会員規約」及び「本件会員保障制度規約」というほか、「本件規約」と総称する。)と題する各規約における次の各約定のもとに、ペルソナVISAカード入会契約を締結し(乙一。以下の3ないし6の本件規約の内容については争いがない。)、同年九月ころ、被告から、ペルソナVISAカード(会員番号四九八〇―八一〇〇―〇七二五―六七〇二。以下「本件カード」という。)の貸与を受けた。(争いがない。)

3  (VISAカード会員規約)

(一) カードの発行と取扱

(1) 会員には一枚のカードを貸与する。

(2) 会員は、カードを貸与されたとき、直ちにそのカードの署名欄に自署する。

(3) カードは、カード表面に印字された本人以外は、利用することができない。また会員は善良なる管理者の注意をもってカードを利用、保管するものとする。

(4) カードの所有権は被告に属し、会員が他人にカードを貸与、譲渡及び質入する等、カードの占有を第三者に移転することは一切できない。

(二) クレジットサービス

会員は、被告と契約した加盟店及び提携カード会社と契約した加盟店等(以下「加盟店」という。)にカードを呈示し、所定の売上票に署名をすることにより、物品の購入及びサービスの提供を受けることができる。

(三) 債権譲渡の事前承諾

会員は、加盟店が会員に対して有する売上票の額面金額債権を、被告に譲渡することについて、あらかじめ承諾するものとする。

(四) 代金決済

会員は、毎月一五日までのカード利用による代金等被告に支払うべき債務を、翌月の被告指定日(毎月一〇日。当日が金融機関休業日の場合は翌営業日。)に支払うものとする。

(五) 口座振替

代金の支払は、原告指定の住友銀行普通預金口座(以下「本件指定口座」という。)から被告の口座への自働振替をもって直接支払に替わるものとする。

(六) 遅延損害金

被告指定日に支払のない場合には、会員は、その日の翌日から当該金額について年29.3パーセントの割合による遅延損害金を支払うものとする。

(七) なお、本件会員規約には、他人がカードを使用した場合でも会員が責任を負う旨の明文の規定はない。

4  (VISAカード会員保障制度規約)

(一) 被告は、カードが紛失、盗難、詐取もしくは横領(以下「紛失、盗難」という。)により保障期間中に他人に不正使用された場合、これによって会員が被る損害を全額填補する。

(二) 保障期間は会員にカードが到着した日から一年間とし、初日の午前〇時に始まり、末日の午後一二時に終る。保障制度は毎年自動継続される。

(三) カードが紛失、盗難にあったことを知ったときは、会員は直ちにその旨を被告及び最寄りの警察署に届け出るとともに、書面による所定の届けを被告に提出する。

(四) 会社が填補する損害は紛失、盗難の通知を会社が受領した日の六〇日前以降に行われた不正使用による損害とする。

(五) 次の損害については、会社は填補の責を負わない。

(1) 会員の故意または重大なる過失に起因する損害。

(2) 保障期間の開始する日以前に生じていたカードの紛失・盗難に起因する損害。ただし、保障制度の継続の際はこの限りではない。

(3) 会員の家族・同居人による不正使用に起因する損害。

(4) 紛失・盗難の通知を被告が受理した日の六一日以前に生じた損害。

(5) 戦争・地震等による著しい秩序の混乱に乗じて行われた紛失、盗難に起因する損害。

(6) その他本件規約に反する使用に起因する損害。

5  (ペルソナVISAカード会員特約)

本件カードは、阪急東宝と被告等六社が提携して被告を幹事会社として発行するもので、カードの名称はペルソナVISAカードとする。

6  (ペルソナカード会員規約及びペルソナカード保障制度規約)

会員は、阪急東宝が会員に対して有する売上票の額面金額債権を、被告に譲渡することについて、あらかじめ承諾するものとするほか、被告とあるのを阪急東宝と読み替えるだけで本件規約及び本件保障制度規約とほぼ同じ内容であり、利用する加盟店との関係でいずれの規約が適用されるかが決まることになっている。

7  (キャッシュローン契約及び信用保証委託契約)

(一) 原告は、平成元年八月三一日、住友銀行との間で、以下の約定(トータルパックサービス規定)のもとに、住友キャッシュローン契約を締結した(乙三三)。

(二) トータルパックサービス規定

(1) 取引方法

本件指定預金口座が、前記3の(五)の口座振替による出金のため資金不足となったときは、貸越極度額の範囲内でその不足相当額を住友キャッシュローン専用口座(以下「当座貸越口座」という。)から自動的に出金し、本件指定口座に入金するという方法で、住友銀行が、原告に対し自動融資する。

(2) 利息

貸越残高に対する利息は付利単位を金一〇〇円とし、毎月、住友銀行所定の日に年率13.5パーセントとして、所定の方法により計算し、計算の都度当座貸越残高に組入れる。

(3) 弁済方法

前月一〇日現在の貸越残高につき、毎月一〇日(当日が休日の場合は翌営業日)に、月額金二万円を支払う。

(4) 被告による代位弁済

前記約定弁済日までに弁済がない場合は、被告から代位弁済を受けても原告は異議を述べない。

(三) 原告は、平成元年九月五日、被告との間において、以下の約定のもとに住友キャッシュローン信用保証委託契約を締結し、被告は、同日、右契約に基づき、住友銀行に対し、原告が、前記住友キャッシュローン契約に基づく金員の借入によって負担する債務について、信用保証した(乙三四、三九)。

(1) 原告が借入金債務を期限に弁済しなかったために被告が住友銀行から保証債務の履行を求められたときは、原告への事前の通知催告なく、被告と住友銀行との保証契約に基づいて保証債務を履行されても異議がない。

(2) 被告が保証債務を履行したときは、元本、利息、遅延損害金、および元本に対する弁済日から完済日まで年29.3パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

8  (乙川に対する本件カード交付)

原告は、平成二年三月一〇日、神戸市三宮所在のディスコ「マハラジャ」神戸店(以下「マハラジャ」という。)において、高校時代の同級生乙川和子(以下「乙川」という。)から、「今日、お金の持ち合せがないので、あなたのカードをちょっと貸して欲しい。決して迷惑はかけないから」などといわれ、本件カードを渡した。

9  (乙川による本件カードの使用)

乙川は、同日以降、本件カードが使用停止となった同月一九日までの間、本件カードを使用して、別紙クレジットサービス一覧表(一)、(二)記載のとおり、被告及び阪急東宝の各加盟店(以下「本件各加盟店」という。)において、前後四三回にわたり代金合計金一九一万一九一一円相当の物品購入及びサービスの提供を受けた(ただし、右一覧表(一)の2番は、原告自身の使用であることに争いがない。)。そして、乙川は、平成二年九月一九日、破産宣告を受けるとともに、平成三年八月一三日、本件カードの他三枚のカードを利用して、右各加盟店の一部から商品を騙取したことにより、詐欺罪で有罪判決を受けた。

(8、9につき甲一一、一七ないし一九、二六の三、原告本人、証人乙川)

(なお、原告は、別紙クレジットサービス一覧表(一)の1番、2番及び38番について、自己のカード使用によるものであることを認める旨自白したが、後に右1番、38番についての自白は真実ではなく、かつ、錯誤に基づくものであったとして撤回し、被告は右撤回に異議を述べた。そこで検討するに、右一覧表(一)の1番、38番は、原告が乙川にカードを渡した日以降のカード使用であって、原告による使用はあり得ないところ、そのことは右1番、38番の利用年月日を確認するだけで明らかであるから、原告の右自白は真実ではなく、かつ、錯誤に基づくものであると認められるので、原告の自白の撤回は相当である。)

10  (本件各加盟店から被告への債権譲渡)

被告は、別紙クレジットサービス一覧表(一)、(二)記載の各債権譲受年月日に、同表記載の本件各加盟店から、同表記載の各代金債権の譲渡を受けた。(争いがない。)

11  (住友銀行の原告に対する自動融資)

右別紙クレジットサービス一覧表(二)記載の各債権(合計金額一八万円)は、平成二年四月一〇日が支払期日であったが、本件指定口座の預金残高が五一四九円しかなかったため、右7の(二)のトータルパックサービス規定に基づき、不足金額一七万四八五一円が、原告に自動融資された(乙三五、弁論の全趣旨)。

12  (被告の住友銀行に対する代位弁済)

被告は、平成二年八月一〇日、住友銀行に対し、右融資額に借入利息を加えた合計一八万二三五三円を、前記保証契約に基づき代位弁済した(乙三五、三六)。

13  (原告の一部弁済)

原告は、平成二年四月一七日、被告に対し、金三〇万円を本件債務の弁済として支払った。(争いがない。)

二  争点

1  被告は、カードを他人が使用した場合でも、本件規約の解釈により、会員本人がカード会社に対し債務を負担すると主張し、予備的に原告の責任の根拠として①原告の乙川に対する代理権授与、②民法一〇九条、商法二三条の類推適用、③民法一一〇条の類推適用を主張するほか、以上が認められないとしても、④原告は債務不履行(カードの取扱義務違反)による損害賠償としてカード利用額と同額の支払義務を負うと主張する。

2  原告は、右の主張をすべて争うほか、原告がなんらかの債務を負担するとしても、本件カードの利用限度額である四〇万円を超える責任は負わないと主張する。

三  各争点についての当事者の主張の詳細

1  争点1(本件規約の解釈について)

(一) (被告の主張としての本件規約の合理的解釈による原告の責任)

(1) カードの取扱義務

カードは、個々の会員の信用力を前提に、当該会員が加盟店において信用取引を行う手段として発行されるものであるから、そのカードの交付を受けた会員本人によって使用されるのが、カードシステムの当然の帰結である。

そこで、本件会員規約には、①会員には一名一枚のカードを貸与する。②会員はカードを貸与されたとき、直ちにそのカードの署名欄に自署する。③カードは、カード表面に印字された本人以外は、利用することができない。また会員は善良なる管理者の注意をもって利用、保管するものとする。④カードの所有権は被告に属し、会員が他人にカードを貸与、譲渡及び質入する等、カードの占有を第三者に移転することは一切できない、と規定されており、カードを使用しうるのは会員本人のみであることが定められている。

(2) 会員保障制度

本件会員保障制度規約は、カードが紛失、盗難、詐取もしくは横領(以下「紛失、盗難」という)により保障期間中に他人に不正使用された場合、会員は直ちに紛失・盗難の旨を被告及び最寄りの警察署に届け出るとともに、書面による所定の届けを被告に提出した場合に、紛失、盗難の通知を被告が受領した日の六〇日前以降に行われた不正使用による損害について被告がこれを填補すると規定するとともに、会員の故意または重大なる過失に起因する損害、会員の家族・同居人による不正使用に起因する損害及びその他VISAカード会員規約に反する使用に起因する損害等についてまでは、被告は損害を填補しないと規定する。

(3) カード使用による会員の支払責任

前記カードの取扱義務に関する規約から明らかなように、カードは、カード会社たる被告からカードの貸与を受けた会員本人のみが使用でき、他人に使用させることはできないものとされている。また、前記保障制度に関する規約に明らかなように、紛失、盗難等によって他人に不正に使用された場合であって、会員の責に帰すことが酷に過ぎる場合には、その損害を填補することにし、他方、会員の故意または重大なる過失に起因する場合等、会員に責任を負わせることが酷とはいえない場合には、その損害を填補しないものとしている。

(4) 右カードの取扱義務に関する規約及び保障制度に関する規約の両者を合理的に解釈すれば、カードは本人しか利用できないのであるから、カードが使用された場合には、そのカードを使用したものが会員本人であると、他人であるとを問わず、会員本人が使用したものとしてカード使用による代金等の支払に関する一切の責任を負い、ただ、他人による使用の場合のうち、前記保障制度の適用を受ける場合の損害のみが填補されるという内容の契約として約定されているものと解すべきである。このことは、カードを他人が使用した場合の会員の責任について、規約に明文で規定してある場合とそうでない場合とで差異はないというべきである。

そうすると、原告は、本件会員規約に違反して、乙川に対し、本件カードを貸与したものであって、前記保障制度規約により被告が損害を填補する場合に当たらないから、乙川のカード使用による責任を負う。

(二) (原告の反論)

(1) 被告主張の、他人によるカード使用の場合にも会員本人が責任を負うということは、本件規約に規定されていないから、原告・被告間にそのような内容の合意はない。

(2) 本件規約の合理的解釈から、被告主張の合意の存在を導くとしても、被告が合理的解釈の根拠としている本件規約は、契約の内容ではない。

すなわち、本件規約は、入会申込書に記載されているのであるが、目が痛くなるような小さな字でびっしりと記載されており、一般の消費者がこれを読んで内容を理解したうえで契約しているとは思われない。したがって、右規約は本件カードの入会契約における合意の内容となっているとはいえず、これを根拠に、会員が不正使用による全損害を第一次的に負担する効果を導き出すことはできない。

(3) 本件規約を本件カード契約の内容とみるとしても、被告の指摘する本件会員保障制度は、カードの不正使用について会員が第一次的に責任を負うことによって生じた損害を一定の場合に保障するものではなく、会員にとっては第三者の名義冒用の故に、法的支払責任を負わないにもかかわらず、カード決済預金口座から事実上引き落とされた場合に生じた損害について、被告が任意に一定の条件のもとに無条件に全額を返還することを認めたものと解すべきである。

(4) 公序良俗違反

本件規約の合理的解釈により、他人によるカード使用の場合にも会員本人が責任を負うとの約定が原告・被告間に存在するとしても、右約定は公序良俗に反し無効である。

すなわち、法論理的には、他人がカードを使用した場合には、会員は代金の支払責任を負わないこと、実質的にも、カード会社に不正使用の結果生ずる損失を負担させ、不正使用防止のための努力を刺激すれば、最も効率的に不正使用とそこから生じる社会的費用を減少させることができること、カード会社は引き受けた損失を、加盟店又は会員の手数料の中に組み込むことによって、多数の人々に分散させることができること、カード会社は、カードの安全性、利便性を宣伝して、カードを普及させ、莫大な利潤を挙げていることなどの事実が存するにもかかわらず、被告主張の前記約定は、カード会社が、カードの不正使用を見逃した加盟店の故意過失を問わず、不正使用の損失を全く負担せず、経済的弱者であるカード会員に対して、一律に他人の不正行為についての何百万円・何千万円もの無限責任を課する結果となる点で、著しく不公平・不合理であり、公序良俗に反し無効というべきである。

2  争点2(代理権の授与について)

(一) 被告

原告は、乙川が金持ちだと思っており、かつ友人として信頼していたから、用途及び金額を制限せずに本件カードを手渡したものであり、カード会社から連絡があるまではカードの返還を乙川に求めていないうえ、一二〇万円の買物に使われていることを知った後でもなお、乙川がその程度の金額ならば決済してくれるものと信じて、同人を非難し叱ることなくカードの返還を受けている。以上の事実によれば、原告は、平成二年三月一〇日、乙川に対し、本件カードを使用して原告の名において加盟店と取り引きする権限、すなわち、代理権限を包括的に与えたというべきである。

(二) 原告

そもそも、カードの代理人による使用や第三者による使用は、制度上認められておらず、カード使用についての代理権の主張自体が論理的に矛盾している。

仮に、代理制度の適用があるとしても、原告は、平成二年三月一〇日のマハラジャにおける支払にのみ、乙川に対し、本件カードの使用を許諾したものである。

3  争点3(民法一〇九条、商法二三条の類推適用について)

(一) 被告

原告は、乙川に対し、本件カードを貸与して原告の名において加盟店と取り引きすることを許諾したのであるから、民法一〇九条または商法二三条の類推適用により、原告は、乙川のなした本件の各取引について支払責任を負う。

(二) 原告

原告は、平成二年三月一〇日のマハラジャでの支払以外には、乙川に対し、自己の名においてカードを使用して契約をなすことを許諾していない。

また、加盟店の多くは、乙川が他人である原告のカードを使用していることにつき、後記5のとおり署名確認義務に違反し、カードの代行使用の容認や売上票の分割記載に応じた点で悪意又は過失がある。

4  争点4(民法一一〇条の類推適用について)

(一) 被告

(1) 仮に、原告が、平成二年三月一〇日のマハラジャでの支払以外には、乙川に対し、自己の名においてカードを使用して契約をなすことを許諾していなかったとしても、その他の本件各取引については、民法一一〇条の類推適用により、原告はその責任を免れない。

(2) マハラジャ以外の各加盟店は、乙川が、本件カードを呈示し、所定の売上票に原告の氏名を書き込み、物品の購入及びサービスの受領を申し出た以上、乙川を原告本人と信じ、かつ、原告本人がカードを使用するものと信じたものである。

(3) そして、各加盟店としては、カードは名義人以外に占有し使用してはならないことになっているから、乙川が、本件カードを所持し呈示することによって乙川を原告本人と信じるのは当然である。そして、本件カードの裏面記載の原告本人の署名の筆蹟と、乙川が売上票に記載した原告の氏名の筆蹟は類似しているから、各加盟店が、乙川を原告本人と信じ、かつ、原告本人がカードを使用するものと信じたことにつき、正当な理由がある。

(二) 原告

カードシステムにおける代理制度があり得ない以上、基本代理権もまた存在しない。また、各加盟店の多くは、乙川が他人である原告のカードを使用していることにつき、後記5のとおり署名確認義務に違反し、カードの代行使用の容認や売上票の分割記載に応じた点で悪意ないし過失がある。

5  争点5(加盟店の、会員とカード使用者の同一性確認義務違反について)

(一) 原告

(1) (本件加盟店規約)

被告と本件各加盟店の間の、住友カード加盟店規約(以下「本件加盟店規約」という。)には、以下の定めがある。

ア (信用販売の方法)

加盟店は会員からカードの呈示による信用販売の要求があった場合は、カードの真偽、有効期限、無効カードの通知の有無を調べた上、そのカードが、有効なものであることを確認し、当社所定の売上票にカード用印字器によりカード記載の会員番号、会員氏名、有効期限を印字して、金額、加盟店名、加盟店番号、取扱日付その他必要事項を記入のうえ、会員の氏名を徴求するものとする。その際、カードの署名と売上票の署名とが同一であること、および写真入りカードの場合には利用者が当該カード面の写真と同一人物であることもあわせ確認するものとする(三条一項)。

イ (信用販売の責任)

所定の手続によらず信用販売を行った場合には、加盟店が一切の責任を負うものとする(六条)。

(2) (署名確認義務違反)

ア 右規定等は、加盟店に対し、会員以外の者によるカード利用を防止すべき義務を認めたうえで、その一手段として、カード裏面の署名と売上票記載の署名の同一性を確認すべき注意義務を課したものである。そして、右規定の体裁上、右署名確認義務は、加盟店の被告に対する義務となっているが、カード決済システムは、被告、加盟店、会員(原告)の三者契約であり、被告・加盟店間の契約と被告・原告間の契約が一体となって一つのシステムを形成しているうえ、右署名確認義務は、カードの不正使用から、被告だけでなく、原告をも保護するためのものであるから、右署名確認義務は、被告に対するものであると同時に、原告に対するものである。

そして、被告は、右署名確認義務違反があったときには、加盟店に対し、代金債権の譲受拒否や債権の買戻要求をすることにより、カード不正使用による損害を、加盟店に負担させることができるのであるから、被告は、各加盟店に対し、署名の同一性確認について指導監督する義務をも負っているのである。

したがって、加盟店の署名確認義務違反は、被告の指導監督義務違反ともなる。

イ そして、加盟店の署名確認義務の程度は、銀行員が預金者から届けられている印鑑票の印影と、手形・小切手又は預金払い戻し請求書に押印されている印影の照合の際に要求される注意義務に準ずる程度のものであり、具体的には、署名の同一性を平面照合によって確認すべきである。

しかるに、本件各加盟店は、本件カード裏面の原告の署名と、本件カードの呈示者たる乙川の署名とを、右の程度に照合確認した事実はない。

ウ (カードの代行使用の容認)

本件各加盟店は、カード名義人たる原告と、カード使用者たる乙川が別人であることを知りながら、信用販売を許容したもので、前記会員以外の者によるカード利用を防止すべき義務に違反したものである。

エ (売上票分割記載)

本件各加盟店は、乙川の依頼により、本件カードの一回当たりの使用限度額(この額を超えると、被告の承認がなければ信用販売できないという限度額)を超えないよう、同一の売上票で処理すべきところを、複数の小額の売上票に分割して記載したものであって、前記会員以外の者によるカード利用を防止すべき義務に違反し、むしろ不正使用に共謀加担したものである。

(二) 被告

(1) (署名確認義務違反)

ア 加盟店が、顧客からカードの呈示を受けて信用販売する際、カード裏面の署名と売上票の署名とが同一であることを確認する義務は、カード会社との契約に基づいてカード会社に対し負うものであって、加盟店と何ら契約関係にない会員に対して負うものではない。すなわち、加盟店が署名確認義務を怠ったとしても、それは被告と加盟店間で代金債権の譲受拒否や買戻要求の問題が生ずるだけであるから、前記第三条及び第六条は、加盟店から被告へ譲渡する債権の条件を定めたものに過ぎず、加盟店と原告あるいは原告と被告との間において、契約上の義務違反の問題が生ずるものではない。

イ また、署名は、印影と異なり、署名時の用紙・用具、署名場所の状況、署名者の姿勢・精神状態・健康状態等によって異なり、等しい状況で同一人が署名を行っても、時を異にすれば字形・筆圧・筆勢に変化があるなど恒常性に乏しいものであるから、加盟店が署名の同一性確認にあたってなすべき注意義務の内容は、一見してカード裏面の署名と相違していることが明らかな場合であって、例えば、異なる氏名、誤字等が売上票に顕出された場合に、同一性なしと判断する程度で足りると解すべきである。

なお、本件では、原告が自署したことを認めている「甲野春子」の署名と、乙川が記載した「甲野春子」の署名を比較してみると、両者は酷似しており、通常人が一見して相違する署名と判断できるものとはいえないから、加盟店には、署名の同一性についての確認義務違反はない。

(2) (カードの代行使用の容認)

本件各加盟店は、乙川が本件カードの名義人でないことは知らなかったものであり、本件カードの代行使用を容認したことはない。

(3) (売上票の分割記載)

本件各加盟店は、乙川のカード使用にかかる売上票について分割記載をしたことはない。

仮に、分割記載の事実があったとしても、それによって原告が分割記載にかかる各代金債務を負担しないことにはならない。すなわち、原告は、カード契約上の義務に違反して乙川に本件カードを貸与し、その使用を承諾したのであるから、乙川のカード使用行為及び分割記載は、原告のカード使用及び分割記載と同視されるところ、自ら分割記載という許されない行為を加盟店と通謀して行っておきながら、その責任を加盟店のみに負わせて代金支払を拒むことは信義則に反し許されない。

6  争点6(本件カード利用限度額の範囲内での責任について)

(1) 原告

原告が負担すべき債務の限度は、カード取引の安全性確保の責任を負う被告と、カードの保管責任をいう原告の責任分担の公平性確保のうえから、本件カードの利用限度額である四〇万円の範囲内に限定されるべきである。

(2) 被告

カードの利用限度額は、カード会社から会員に対し供与された信用の範囲を示すものに過ぎず、会員が、限度額を超えてカードを使用した場合に、会員の責任を限度額の範囲に限定する意味を持つものではない。

7  争点7(原告の債務不履行について)

(一) 被告

原告は、前記カード取扱義務に反して、返還時期を定めることなく本件カードを乙川に貸与してその占有を移転し、乙川は、本件カードを使用して、別紙クレジットサービス一覧表(一)(但し番号2を除く)及び同(二)記載の各加盟店において、同表記載日時に、同表記載の物品を購入し又はサービスの提供を受けた。そして、被告は、被告と右各加盟店との間の加盟店契約に基づき、各加盟店に、同表記載の代金額をそれぞれ支払い、右各一覧表記載の代金額と同額の損害を受けた。

よって、被告は、原告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、請求の趣旨記載の金額の支払を求める。

(二) 原告

(1) (損害不発生)

被告は、加盟店規約に基づいて、各加盟店に対し、各加盟店の注意義務違反(前記「署名の同一性の不確認」、「代行利用の容認」及び「売上票の分割記載」)を理由として、本件各代金債権を買い戻しさせることができるのであるから、被告に損害は発生していない。

(2) (因果関係なし)

被告が、カードに顔写真を貼付するなど安全策を講じ、各加盟店に対し、不正使用を防止するため加盟店規約を忠実に守るように十分に指導、監督していたならば、乙川による莫大な額の不正使用は未然に防止されていたことは明らかである。したがって、原告の乙川に対する本件カードの貸与と損害発生との間には、因果関係はない。

(3) (過失相殺)

前述のとおり、各加盟店は、乙川が本件カードを利用した際、本件カードが原告のカードであることにつき、悪意若しくは過失があるから、債権者側の過失として、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(4) (カード利用限度額の範囲内の責任)

原告が負担すべき損害額の限度は、カード取引の安全性確保の責任を負う被告と、カードの保管責任をいう原告の責任分担の公平性確保のうえから利用限度額の範囲内に限定されるべきである。

8  被告の本訴各請求内容

(一) (乙事件)

被告は、原告に対し、別紙クレジットサービス一覧表(一)記載の一七三万一九一一円から弁済を受けた三〇万円を控除した一四三万一九一一円と別紙請求債権・内入金・遅延損害金一覧表記載の確定遅延損害金七万六九二二円の合計額一五〇万八八三三円、及び内金一四三万一九一一円に対する平成二年八月二六日から支払済みまで約定利率年29.3パーセントのうち日歩八銭の割合による金員の各支払を求める。

(二) (丙事件)

原告が別紙クレジットサービス一覧表(二)記載のサービスの提供を受けたが、本件指定口座の預金残高が五一四九円しかなかったため、不足額一七万四八五一円が自動融資されて、一旦は代金決済がなされたものの、その融資分についての原告の弁済がなかったため、被告が住友銀行に対し、右融資額に借入利息を加えた一八万二三五三円を代位弁済した。

そこで、被告は、原告に対し、別紙住友キャッシュローン債権表記載のとおり、被告が住友銀行に対して代位弁済した一八万二三五三円、及びそのうち、住友銀行が被告に対する融資として貸付けた元金の残額である一八万〇三四七円に対する平成二年八月一一日から支払済みまで約定利率年29.3パーセントのうち日歩八銭の割合による金員の支払をそれぞれ求める。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件規約の解釈について)

1  (本件規約の解釈)

(一)  本件規約中には、カードを会員以外の他人が使用した場合、会員が責任を負うとする規定が存在しないことは、当事者間に争いがない。

そこで、本件規約の解釈によって、カードの他人使用の場合の会員の責任が認められるか否かの点について検討する。

(1)  カードは、カード会社が個々の会員の資力等に応じて一定限度で供与した信用を表章し、かつ、その信用を前提に加盟店において信用取引を行う手段として会員に交付されたものである。そのため、本件会員規約では、カードの会員以外の使用を禁じ、カードの使用管理について会員に善管注意義務を課し、カードを貸与・譲渡及び質入れする等カードの占有を第三者に移転させることを全面的に禁じているものと解される。すなわち、カードには会員本人の信用のみが表章されているのであるから、カードの会員本人以外の使用は、会員の信用を前提としない点で、カードシステムと相容れないことである。

(2)  ところで、本件会員保障制度規約は、カードが紛失・盗難・詐取・横領等(以下「紛失、盗難」という)により保障期間中に他人に不正使用された場合、会員が直ちに紛失、盗難の事実を会社及び最寄りの警察署に届け出ると共に、書面による所定の届けを会社に提出した場合には、不正使用によって会員が被る損害のうち、紛失、盗難の通知を会社が受領した日の六〇日前以降に行われた不正使用による損害を、被告が全額填補すると規定するとともに、会員の故意、または重大なる過失に起因する損害、会員の家族・同居人による不正使用に起因する損害、その他VISAカード会員規約に反する使用に起因する損害などの損害については、被告が填補の責任を負わないと規定している。

以上の本件規約を総合して合理的に解釈すれば、会員に、カードの使用管理につき善管注意義務違反や他人への貸与等の義務違反があり、その結果カードが他人に使用された場合には、そのカード使用によって発生した債務は会員がこれを負担するとの約定を含むカード契約が、会員たる原告とカード会社である被告との間に成立していると解すべきである。

(3)  すなわち、本件会員規約においては、加盟店の会員に対する代金債権がカード会社に譲渡され、これについて、会員は異議なく承諾するものと定められている。右規約は、会員自身がカードを使用した場合についての債権関係を明らかにするものである。しかしながら、カードが不正に使用された場合については、右規約上の明文は存しないのであるから、その具体的事情を民法等の一般原則に照らして、合理的な範囲での意思解釈をするほかはないところである。そして、この場合においても、会員が加盟店からカード会社への債権譲渡について異議なき承諾をなしているものとする前記規約の定めは重要な事情であり、これにより、会員は、加盟店に対する抗弁をカード会社に対抗することができないと解される。すなわち、本件会員規約の解釈上は、会員ではない者によるカードの冒用がなされた場合にも、原則として、会員が代金支払義務を負うものと解すべきである。そして、その結果として、一般法理に照らせば、会員が右責任を負うべき理由がないため、右原則的解釈結果と抵触するときは、加盟店との関係をも含めて、紛糾した事態を招くことになる。そこで、本件会員保障制度により、結果の不当を簡明に回避する規約上の手当てが定められているものと解され、この制度の存在により、カードの不正使用の場合についての本件会員規約の前記解釈の合理性も維持されているというべきである。

(二) なお、原告は、本件規約は、文字も小さく、一般消費者が読んで理解しているとは思われないから本件カード契約の内容となっていないと主張するが、証拠(乙一)によれば、原告が署名捺印したカード契約書に記載されている規約の文字は、十分判読可能であり、理解可能な内容であるうえ、その趣旨は、カード利用による信用供与の基本債務として、カードの他人への交付を禁止し、その保管を求めているに過ぎないところであって、その必要性を理解しないで本件規約に合意することは通常の事態ではない。したがって、原告の主張は、理由がない。

(三) また、原告は、本件規約が、他人によるカード使用の場合にも会員本人が責任を負うとの趣旨のものであれば、右約定は公序良俗に反し無効である旨主張するが、会員に、カードの使用管理につき善管注意義務違反やその他の義務違反があり、その結果カードが他人に使用された場合に、そのカード使用によって発生した債務について会員に責任を負わせたからといって、公序良俗に違反するものではない。

2  なお、原告は、本件カードの使用管理のための善管注意義務を負っていたことは明らかであるものの、原告から乙川への本件カードの交付状況及び乙川の使用態様等において、原告に何らの右義務違反がないときは、本件会員保障制度があらゆる結果の不当を免れさせるわけではないから、これによる救済の余地はなくとも、信義則に基づいてなされるべき本件会員規約の合理的解釈のうえでは、例外的に原告の責任を免れるものと解する余地もある。

そこで、本件カードの交付状況及び使用態様等について順次検討する。

(一) (本件カード交付前後の事情)

証拠(甲一六ないし一九、二八、三〇、乙二五、二六、三〇、三一、証人橋本隆、証人乙川、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) (乙川の生活状況)

乙川は、平成元年秋までに、自分のカード七枚を洋服やディスコ等での遊興費等に一日数十万円という単位で使用し、さらに、自分のカードが使用できなくなると、親や兄弟のカードも使用するようになり、カード使用による債務は約一〇〇〇万円に達し、カード以外にいわゆるサラ金に対するものも合わせると債務は約四〇〇〇万円にも達して、その所持しているカードの使用ができなくなった。

そこで、乙川は、平成元年一二月ころから、母の知り合いの山本某の家に住み込みで働き始め、手取り月収は一か月一五、六万円で、同月はボーナスと合せて約三〇万円、平成二年一月には約一五、六万円の収入を得たが、ディスコなどで同年二月までに費消してしまった。

(2) (原告と乙川の関係)

原告は、高校時代乙川と比較的親しかったが、その服装や金の使い方などから資産家の娘であるとの印象をもっており、前記乙川の負債状況も全く知らなかった。原告と乙川は、昭和六三年に高校を卒業した後、それほど親密な友人関係はなく、平成二年始めころから、月に何度か食事をするようになったが、原告が乙川のために、カードを使用もしくは貸与したことは一度もなかった。

(3) (本件カード貸与の状況)

原告は、平成二年三月一〇日午後八時過ぎころ、三宮の喫茶店で乙川と待合わせをし、一緒にマハラジャに行った。原告が、午後一一時ころ、乙川に対し、帰る旨を告げたところ、同女は、「私は、最後まで居たい。お金が足りなくなるかもしれないので本件カードを貸して。すぐ返すし。」と言ったので、原告は、乙川に、本件カードの使用を制限するようなことは言わずに、本件カードを渡した。

ただ、原告は、本件カードを乙川に渡した際、乙川が本件カードを使うのはマハラジャでの飲酒代金だけで、その金額も一〇万円を超えることはないと考えていたし、乙川は金持ちであり、すぐにお金を返してもらえると思っていた。

(4) (原告が乙川の不正使用を知った経緯)

被告は、平成二年三月一九日、本件カードが利用限度を超える約六〇万円も使用されている事実を知り、原告に対し、右事実を告げて事情を尋ねたところ、乙川に本件カードを貸与しているとの返答であったことから、直ちに乙川から本件カードを回収するよう指示した。原告は、この時まで、乙川に対し、本件カードの返還を要求したことはなかった。

(5) (原告の乙川からの本件カード回収状況)

原告は、同日夜、当時の乙川の住居地で乙川の帰りを待ち、乙川からカードの返還を受けたが、乙川は原告に責任もって払うと言った。そして、原告は、その日のうちに、被告に電話して、乙川からの返済を期待して、同年三月二二日に六〇万円振込むと約束し、その二、三日後に、被告に本件カードを郵送した。しかし、乙川は、その後も原告に全く返済しなかった。

(6) (その後の原告の行動)

原告は、同年三月三〇日、被告から三〇万円でも支払ってくれといわれ、同年四月九日、被告に対し、三〇万円を振込んで支払った。

(二) (乙川の本件カード使用状況)

(1) (カードの代行使用の容認について)

乙川の陳述書(甲三〇)の記載中及び同人の供述中には、マハラジャ、アンロワイヤル神戸店(以下「アンロワイヤル」という。)、ヴェルサーチそごう神戸店(以下「ヴェルサーチ」という。)、バジーレ及び宝光堂の各店においては、店の人に自分の顔と名前を知られていたため、自分から、原告のカードを借りていることを告げたとする部分、特にアンロワイヤルの当時の店員安富某とは顔なじみであったとする部分がある。

しかし、乙川が、自らの詐欺事件の捜査段階及び公判段階において、右内容の供述をしたことを窺わせる証拠はなく、右供述は、右事件から約三年経過後に初めてしたものであること、安富某は、本件当時乙川の顔や名前をはっきり記憶していなかったと述べていること(甲一三)、乙川は、自分がカード名義人でないことが店員に露見しないよう店を選んで買物していたことが窺われること(甲一九の二)などの事実に照らし、乙川の右供述は採用できない。

なお、ヴェルサーチの当時の店員吉田某は、乙川が本件カード名義人でないことを知りながら本件カードを利用させたと述べている(甲二五)。しかし、証拠(甲一七、一九、二六ないし二九、証人乙川)によれば、乙川は、原告のカードを平成二年三月一一日から同月一九日まで、寺田某のカードを同月三一日から同年五月九日まで、福田某のカードを同月五日から七日まで不正使用していることが認められるところ、吉田が述べているのは、原告のカードではなく、寺田某のカードを不正使用した同年三月三一日の時のことであり、他方、その供述内容からすれば、同日以前の原告のカードが使用されていた時期には乙川のカードが他人使用であることを知らなかったことが窺われるから、乙川の右供述を裏付けるものとはいえない。他に、原告主張のカードの代行使用容認の事実を認めるに足りる証拠はない。

(2) (売上票分割記載について)

ア 乙川の陳述書(甲三〇)の記載中及び同人の供述中には、マハラジャでの平成二年三月一〇日の四万円三枚と三万円二枚の合計一八万円の五枚、(乙三七の一から五)、ヴェルサーチでの同月一七日の八万七五五〇円(乙二の一九)、同日の九万七八五〇円(乙二の三六)及び同月一八日の五万六六五〇円(乙二の二四)の三枚、バジーレでの同月一一日の七万五一九〇円(乙二の九)及び同日の三万三六九〇円(これは、乙二の六記載の二万三六九〇円が正しいと思われる)の二枚、バジーレでの同月一五日の九万六四〇円(乙二の三三)、同月一七日の二万八八四〇円(乙二の一八)、同日の九万一六七〇円(乙二の三四)、同月一八日の三万三九九〇円(乙二の二五)及び同日の八万一三七〇円(乙二の三〇)の五枚、宝光堂で同月一九日の四万九〇〇〇円三枚と同月二八日と同月三一日の四万八〇〇〇円の合計五枚の各売上票については、代金額が一回当たりのカード使用限度額を超えるので、加盟店に被告のカード使用承認手続を取られないようにするため、乙川が店員に依頼して売上票を分割記載にしてもらったものであるとする部分がある。

しかし、右乙二号各証によれば、ヴェルサーチ及びバジーレにおける各売上票は、その作成者である取扱店員がそれぞれ異なっていることが認められるところ、これら各店員がすべて乙川の求めに応じて分割記載に行ったとは考えにくく、他に右各売上票が分割記載されたものであることを窺わせるに足りる証拠はない。

また、証拠(乙三一、証人橋本隆)によれば、マハラジャにおいては、注文の都度清算する方式をとっていたものと推認されるから、売上票が乙川の注文に応じて五枚に記載されたとしても、これをもって分割記載ということはできない。

イ また、乙川は、宝光堂では五枚に売上票を分割して記載してもらった旨述べるが、証拠(甲二六の三、乙三一、証人橋本隆)及び弁論の全趣旨によれば、売上票は、同月一九日の四万九〇〇〇円、同月二八日の四万八〇〇〇円及び同月二九日の四万八〇〇〇円の三枚に分割して記載したものと認められる。そして、被告もこの事実を認め、同月二八日と二九日の二枚は宝光堂に買い戻させて原告には請求していないが、同月一九日の四万九〇〇〇円については原告に請求している。

(三) 以上の認定事実によれば、原告は、乙川に対し、平成二年三月一〇日のマハラジャの代金についての本件カードの使用のみを許諾して、本件カードを交付したものと認められるものの、その使用を許諾して貸与したのであるから、少なくとも会員が他人にカードを貸与してはならないとする本件会員規約に違反し、また、その後直ちに本件カードの返還を求める等の措置を取らなかった点でも、カード使用管理についての会員としての善管注意義務に違反していたというべきである。そして、被告主張の表見代理ないしは債務不履行等による原告の責任を論定することも可能な状況が存したというべきである。逆に、原告は、「加盟店が、本件カード裏面原告の署名と売上票の乙川による原告名義の署名の同一性を確認すべき義務を怠ったばかりでなく、乙川による本件カードの代行使用を容認し、売上票分割記載に応じて、その領得行為に協力した。」旨主張するけれども、分割記載を除くその前提事情を認定することはできない。

そこで、会員が加盟店に依頼して、加盟店が売上票を分割記載した場合に、会員が被告に対する支払義務を免れるかについて検討するに、証拠(乙三、証人橋本隆)及び弁論の全趣旨によれば、加盟店は、代金を小額に分割して売上票に記載することは本件加盟店規約により禁じられていて、分割記載にかかる代金債権は、被告から譲受を拒否され、あるいは被告から買戻の請求を受け、加盟店は被告から加盟店契約を解約されうること、他方、本件加盟店規約上、被告の右措置は、義務的なものとして規定されているわけではないことが認められる。そうすると、被告が加盟店から分割記載にかかる債権を譲り受け、加盟店に買い戻させなかった場合には、被告が会員に対する債権を有していることになり、しかも自ら規約違反の行為を加盟店に依頼している会員に対し請求できない理由はないから、被告は、会員に対し、分割記載にかかる代金債権を請求しうるというべきである。

本件では、分割記載を依頼したのが、会員たる原告ではなく、乙川であるが、少なくとも分割記載を理由として、原告が、乙川のカード使用行為に基づく債務を負担しないということはできないから、この点に関する原告の主張も、理由がない。

(四) 以上を要するに、乙川の本件カード使用分について、原告が本件規約による支払債務を負担することが、信義公平の観念に照らしても不当と評価すべき事情はないというに尽きるところである。

したがって、原告は、乙川の本件カード使用によって生じた別紙クレジットサービス一覧表(一)、同(二)及び住友キャッシュローン債権表記載の各債務を負担すべきであると認められる。

二  争点6(利用限度額の範囲内での責任)について

本件規約によれば、会員がカード利用限度額を超えてカードを使用した場合については、会員規約に違反するものとして、カードの利用の停止、カード利用の拒絶、場合によっては会員資格の取消がありうるとされているが、本件規約上、会員の責任の範囲をカード利用限度額に限定する趣旨の規定はない。したがって、右カード利用限度額は、会員に限度額の範囲内でカード利用を義務付けるものに過ぎず、会員は、限度額を超えてカードを利用した場合にも、利用額全額について責任を負うというべきである。

三  以上によれば、その余の争点における各主張について判断するまでもなく、被告の各請求はいずれも理由があるけれども、原告の本訴請求は理由がない。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官佐藤道明 裁判官春名茂)

別紙クレジットカード利用一覧表、クレジットサービス一覧表、住友キャッシュローン債権表、請求債権・内入金・遅延損害金一覧表<省略>

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